あの時、何を求められていたのか?
鴻巣友季子さんの「やみくも」を読んで、どうしても解けない謎を思い出した。
「ノート」という章には保育園の生活が書かれていた。保育園が民営化され、先生が全て代わることになり、陳情に出向いたが、ひどい嫌がらせを受けたという。「こういう政治家のいじめも一種のポリティカル・ハラスメントとして問題にすべきじゃないか?」
と書いてあった。
私は職業訓練校の指導員になり一年目だった。
初めての入校選考が終わり、定員を十分に満たす合格者が決まった。
後は発表の準備だけだ。
ところが突然、選考結果を改めると校長が言った。
何かミスがあったのかと思ったが、職員室のムードがおかしい。
0点を取った人と、一番最後の人を入れ替えろという話らしい。しかも私が担当するコースだ。
一年目の私は、「どうだ?」と聞かれ、「そんな不正はできません」と答えた。
すると、校長室に連れていかれた。私、間違ったこと言った?と思いながら、椅子に腰掛けた。周りは偉い人ばかり!
「こっちからの頼みでね」と校長は左胸の辺りで手で丸を作ってみせた。
「なんですか?それは」と、本当に分からずに聞いた。だって、当時の私が知ってる無理強いをする大人は、頬に指で傷を示す人しか知らない。
校長以下上の人は、私が本当に分からないだなんて想像できなかったのだろうか?「選考結果を変更することを認めるまで、この部屋から出さない」と言われてしまった。
なぜ、一年目の、なんの力もない(いや、課長の机を叩くくらいはしていたが)私の許可が、必要だったのか?
今のようにもうじき20年になろうという指導員なら、考えを聞く必要があっても不思議ではないだろう。でも、まだ1年を全てやってない私に聞くのは、どうも分からない。
なぜ、私の許可が必要なのか、聞いても誰も答えてくれない。例のアクションをするばかり。
1 なんの力もない一年目の私に、公務員の業務を教えるつもりだったのか?
(そんなものが業務だったら、困るが)
2 後から入れた子に意地悪をするような、ヘボ指導員だと思われたのか?
3 ただのパワハラだったのか?
その後も5年目位までの間に、私は何回か校長室に軟禁されたが、「分かりました」は一度も言ったことがない。
でも、私の思うとおりになったことはない。黙ったきりか、「出来ません。」しか繰り返さない私は、部屋から出された。
「NOを言える日本人」で有名なのに、軟禁される。
ポリハラを受けた上司が腹いせに、私にパワハラをしたのか…
今もって謎である。
ひとつ分かるのは、私は、自分の義を通すために、納得行かなければ「分かりました」とは言えないヤツだということ。責任のとれないことは、軽々しく受けられない。(当時の私に、いや、今の私にも、この件で責任を問われることはないのだが)
でも、公務員として正しいのはどっちなんだ?


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